正しい選択となるように

 日々入れ替わるようにして病院に送り込まれる患者の世話をしていく看護師にとって、自分が生涯にわたってこなしていくべき職業として意識していることでしょう。誰よりも患者のために尽くしていく気持ちがある一方で、ともすれば不幸にも身内が危篤の状態に陥ることがあるときに、家族の最後の時を見届けるか患者を看取ることが重要であるのかという究極の選択を迫られることが起こりえるのだと考えられるのです。人の命は誰かとは比べることができないくらいに掛け替えのないものであり、その人にしか持ち合わせていない生命維持装置のようなものなのです。したがって、どの方の命を優先的に見届けたり守ったりするのかという取捨選択を強いられてしまうことに悩みぬいていくこととなり、「自分の家族の命の大切さをないがしろにしてしまう恩知らずな自分が、患者の看護をしていく資格なんてあるのか」というジレンマに心が支配されていくこととなるのです。はっきり言わせてもらって恐縮なのですが、自分が動かせる体はたった一つしかない中で、全ての命を尊く扱うことは限りなく不可能に近いことなのです。それでも自分が目の前にある危機的な状況の命を大切にしたいという気持ちがあるのならば、今ある状況を打破していくことに意識を集中していき、一人でも多くの命を救うことに力を注いでいくべきだと思うのです。
 就職シーズンを迎えた学生の方は、将来の進路を決めていこうとする中で、看護師になって多くの人の面倒をみてみよう、という目標を掲げていくことがあるでしょう。そのため、他になりたい職業があるけれど、社会的に需要の高い看護の仕事に就くことが自分の人生で価値あるものだと認識したのならば、迷わず看護師になるための猛勉強をいとわないのだと考えられるのです。このようにして、人生での大きな岐路に立たされている状況下で、取捨選択をしていくことになるのはよくあることなのです。いえ、大人になるための一歩として仕事と隣り合わせになる社会生活を送る以上は、避けては通ることができない場面だと言えるでしょう。故に、お気楽な気分で無造作な選択をしていられるほど心の余裕を持つべきではないのであり、自分が下した選択次第で人生が大きく転換していくことがあるのだということを肝に銘じていく必要があるのです。希望の進路に進むことは、その選択を間違うことで自分の首を絞めかねないくらいの諸刃の剣のようなものなのかもしれません。